ペットロスという言葉〜初めて共に過ごした子は、私が大学4年の冬に旅立ちました。

なにもできなかった記憶

初めて共に過ごした子は、私が大学4年の冬に旅立ちました。実家から遠く離れた学校に通っていた私はいつも、「次は会えないかもしれないけど・・・でもいつもそばにいるからね。」といってから実家を後にしていました。

ある日、夜遅く学校からアパートに戻ると、ふっと玄関の前をなにかが通ったような気がしました。気になって母に電話すると、何故かふっとどこかに行ったまま帰ってこないと言っていました。

それを聞いて私は、最期に逢いにきてくれたのだと思いました。その後母はショックでその話をなかなかすることができず、私も初めてのことで、なかなか悲しみから立ち直れずにいました。一緒にいてあげることができなかったという無念さと後悔がそこにはありました。

かけがえのない18年間

しばらくして私は、またわんちゃんと生活を共にできる時間を与えられました。そして、その子との18年という年月が、終わりを告げました。でも、同じような後悔をしたくなかったので、なるべく同じ時間を過ごし、自分ではなく、その子自身がどうしたいのかを最優先で考えるようにして、その子からたくさんの恩恵をうけながら接していました。

もちろん思い出して悲しくないといえば嘘になります。でも、この子たちが残してくれた事を、次の子や、困っている人や悩んでいる人に対して伝え、相談に乗ってあげることがこの子たちへの供養、恩返しになるのではないかと思うようになりました。

ペットロスという言葉

ペットロスという言葉はここ数年でよく使われるようになりました。かなり多くの方がそのような状況に陥っているような気がします。生前から覚悟していても、実際にいなくなってしまうと、やはりペットロスになってしまう方も多いようです。心のケアほど難しいものはないのかもしれません。

私が思うところ、ペット自身のためではなく、自分がペットに対してやりたいことをやっていた場合に、何もしてやれなかったと亡くして初めて気づき、それが後悔となりロスになるような気がします。少々厳しい言い方をすれば、愛情もかけ方を間違えればそれはただのエゴにすぎない、ということになります。

その子がしたいであろうことを一番に考え、かけがえのない時間を提供してくれたと感じることができれば、後悔はきっと少なくなると思います。そう思うことがその子のためでもあり、大切な思い出として素敵な時間であったと感じることができ、心からありがとうと思えるのではないでしょうか。

動物の薬剤師 黒田さおり

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